「立地八割」は本当か──売上構成要因の分解と、立地では埋められないもの

出店を検討していると、必ず「商売は立地で八割決まる」という言葉に出会います。経験則としては的を射た表現ですが、そのまま受け取ると「良い立地を高い賃料で借りれば勝てる」という危うい結論に飛びやすくなります。この記事では売上を来店客数と客単価に分解し、どの部分が立地で決まり、どの部分が開店後の運営で動かせるのかを切り分けていきます。連載の出発点として、物件を見たときに何を数えるべきかという共通言語をつくっておきましょう。

この記事でわかること

  • 「立地八割」という経験則が、売上のどの構成要因を指しているのか
  • 売上を来店客数と客単価に分解し、立地の寄与範囲を特定する手順
  • 立地依存度が高い商売と低い商売を分ける三つの条件
  • 立地では取り返せない要素と、賃料を払う前に確認しておくべき問い

「立地八割」という言葉が実際に指しているもの

まず確認しておきたいのは、「八割」という数字に確かな根拠があるわけではないという点です。これは実証研究から出た係数ではなく、出店の失敗が立地選定の段階で決まってしまう経験を重ねてきた実務家が使ってきた比喩です。数字そのものを議論しても、あまり意味はありません。大事なのは、この言葉が「開店後には変えにくい要素の比重が大きい」という構造を指している点にあります。

商品構成、価格、接客、営業時間、販促は、開店後でも一定の範囲で変えられます。しかし前面道路の通行量、駅からの距離、視認性、階層、周辺の競合と集積の状況は、契約した瞬間に固定されてしまいます。取り返しがつく変数と、つかない変数があるということです。「立地八割」は、後者の重みを忘れないようにという警告として読むとよさそうです。

逆に言えば、この経験則が強く当てはまるのは、来店客数が売上の大半を説明する商売に限られます。指名や紹介で客が来る商売、事前予約で稼働が埋まる商売、配送で商圏を越えられる商売では、同じ強さでは当てはまりません。だからこそ、まずは自分の商売の売上がどう組み立てられているかを分解してみることが大切です。

売上を分解する:来店客数 × 客単価

売上の分解は、単純な掛け算から始まります。

売上 = 来店客数 × 客単価この二つをさらに分解していくと、立地が効く場所が見えてきます

売上を来店客数と客単価に分解し、さらに来店客数を商圏の母数・認知・来店動機・到達しやすさに、客単価を商品構成・買上点数・価格帯に分けた図。立地が強く効く要素と運営で動かせる要素を色分けしている。
図1:売上構成要因の分解と、立地の寄与範囲。色の濃い要素は契約時点でほぼ固定されます。各要素の寄与度は業種によって変わるため、比率を示す図ではなく関係の構造を示す概念図としてご覧ください。

来店客数は、おおまかに次の四つの積として捉えられます。第一に商圏の母数、つまり店の周囲に何人いるか。第二に認知、その人たちのうち店の存在に気づく割合。第三に来店動機、気づいた人のうち行ってみたいと思う割合。第四に到達しやすさ、行きたいと思った人が実際にたどり着ける割合です。

このうち第一・第二・第四は、物件を決めた時点でほぼ決まります。昼間人口も夜間人口も、間口の広さも、二階か路面かも、駐車場の有無も、後から動かすことはできません。動かせるのは第三の来店動機、つまり商品と価格と評判だけです。客単価の側は逆で、商品構成も買上点数も価格帯も、運営でかなりの部分をコントロールできます。

立地が効くのは掛け算の三項目だと言い換えられます。掛け算のため、どれか一つがゼロに近いと、他をどれだけ磨いても結果は伸びません。「立地八割」の実感は、この掛け算の構造から来ています。

立地依存度を分ける三つの条件

では、自分の商売がどの程度立地に依存するのでしょうか。判定は、次の三つで概ねつきます。

1. 来店動機が「ついで」か「目的」か

通りかかったから入る商売は、通行量がそのまま母数になります。あらかじめ行き先を決めて出かける商売は、母数が通行量ではなく、認知された潜在客の総数になります。前者は立地依存度が高く、後者は相対的に低いといえます。

2. 現地で比較されるかどうか

その場で複数の選択肢を見比べて決める商売は、比較対象の近さが売上を左右します。集積の中にいることが、有利にも不利にも働きます。あらかじめ指名されている商売では、この効果は小さくなります。

3. 距離を越える手段があるか

配送、出張、オンライン提供といった手段で物理的な距離を無効化できるなら、立地の制約は緩みます。ただし完全に消えるわけではなく、配送圏や移動時間という別の形の距離が残ります。

立地依存度の考え方(あくまで整理のための分類であり、個別の店舗では例外も多くあります)
依存度当てはまりやすい商売の特徴重点的に測る指標
高い単価が低く、購入判断が短く、ついで来店が中心通行量、視認性、入店率
中程度目的来店が主だが、現地で比較される余地がある商圏人口、競合配置、駐車のしやすさ
低い指名・紹介・予約が中心、または配送で距離を越える認知経路、リピート率、稼働率

ここで注意したいのは、依存度が低い商売でも、立地が無関係になるわけではないという点です。予約中心の業態でも、通いやすさは継続率に効いてきます。配送中心でも、拠点の位置は配送効率と人材の採用のしやすさを左右します。効き方の経路が変わるだけ、と考えるとよいでしょう。

立地では埋められないもの

ここからが本題です。良い立地は、放っておいて儲かる場所ではありません。良い立地とは、その良さが賃料という形で先に価格に織り込まれている場所のことです。市場がある程度機能していれば、立地が生む増分売上の相当部分は、貸主が賃料として回収しています。

したがって、立地の良さそのものは競争優位になりにくいといえます。同じ通りに出せば、競合も同じ通行量を得られるからです。超過的な利益が生まれるとすれば、それは次のいずれかから来ます。

  • その立地の価値を、市場より正確に読めたとき(賃料が割安なうちに押さえられたとき)
  • その立地の人流と、自社の商品・オペレーションの相性が特別に良いとき
  • 粗利率、リピート率、人時生産性といった運営側の指標で差がついているとき

数値の扱いについて

賃料負担率や坪あたり売上の「適正値」は、業種、商圏、業態規模、時期によって大きく変わります。一般的な目安として語られる水準はありますが、それを自社に当てはめる前に、必ず自社の原価率と人件費率から逆算した数字と突き合わせてみてください。詳しくは第12回で扱います。

とくに見落とされやすいのが、立地の良さは固定費の重さと引き換えだという点です。高い賃料は、売上が落ちたときにも同じ額だけ発生します。立地で得た売上の上振れと、固定費が生む下振れ耐性の低下は、セットで評価しておきたいところです。売上が二割落ちても営業利益が残るでしょうか。この問いに答えられないまま高賃料の物件を契約してしまうと、立地を買っているつもりが、実はリスクを買っていることになりかねません。

賃料を払う前に確認する三つの問い

物件を前にしたときは、最低限これだけは言葉にしておきたいところです。

  1. この立地は、売上のどの構成要因を増やしてくれるのか母数なのか、認知なのか、到達しやすさなのか。「なんとなく人が多い」で止めずに、どの項目に効くのかを特定してみましょう。効く項目が特定できなければ、その賃料差は説明できません。
  2. その増分は、賃料差を上回るのか候補物件の賃料差を、必要な追加売上に換算してみます。粗利率が三割なら、月額十万円の賃料差を埋めるには月商で三十万円以上の上乗せが必要です。この換算を、契約前に先にやっておきましょう。
  3. 売上が想定を下回ったとき、いつ、いくらでやめられるのか解約予告期間、違約金、原状回復費、保証金の返還条件。撤退にかかる総コストを、契約前に把握しておきましょう。詳細は第15回と第19回で扱います。

現地で数えること

通行量は、曜日と時間帯を分けて数えてみてください。平日昼、平日夜、土日で人の量も質も変わります。あわせて、通行者のうち何人が店の方向を見たか、既存の同種店舗に何人が入ったかを目視で数えておくと、後の判断が具体的になります。測り方は第3回で詳しく説明します。

まとめ

  1. 「立地八割」は測定値ではなく、開店後に変えられない要素の比重が大きいことを指す経験則です。
  2. 売上を来店客数と客単価に分解すると、立地が効くのは商圏の母数・認知・到達しやすさの三項目に集中します。
  3. 掛け算の構造のため、立地側の要素が極端に弱いと、運営努力では取り返せません。
  4. 立地の良さは賃料に織り込まれています。優位は立地そのものではなく、読みの精度と運営でつくるものです。
  5. 高い立地は固定費の重さとセットです。売上が下振れしたときの耐性まで含めて評価しておきましょう。

次回は、商圏をどう定義し、どう推定するかに進みます。一次商圏・二次商圏という距離帯の考え方と、店舗の魅力度から来店確率を配分するハフモデルを、データが揃わない環境でも使える形で説明します。

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