三つのお金の違いを整理する
店舗や事務所を借りるときには、保証金、敷金、造作譲渡料という、似た性格を持つ複数のお金が動きます。保証金は、主に事業用の賃貸で貸主に預けるお金で、契約書上の扱いは契約ごとに異なります。敷金は民法上、賃料の未払いなど賃貸借から生じる借主の債務を担保する目的で預けるお金と位置づけられています(民法第622条の2。出典: e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089、2026年9月6日確認)。造作譲渡料は、前のテナントが設置した内装や設備を引き継ぐときに支払う対価で、貸主への預け金ではなく、前のテナントや仲介事業者に支払うお金という点で性格が異なります。
この三つは名目も返還の考え方も違うため、契約書や重要事項説明に「保証金」とひとまとめに書かれていても、実際にどの性格のお金なのかを条文ごとに確認しておく必要があります。
「保証金」という名称は法律用語ではなく、事業用不動産の実務の中で使われてきた呼び方です。そのため、ある契約書の「保証金」が実質的に敷金と同じ性格(実際に生じた損害の分だけを差し引いて返す)を持つこともあれば、償却という条件が付いた別物として扱われることもあります。契約書を読むときは、見出しの言葉ではなく、返還や控除の条件を定めた条文の中身で性格を判断することが大切です。
保証金償却とは何か
事業用の賃貸でよく見られるのが「保証金償却」と呼ばれる条項です。これは、預けた保証金のうち一定の割合や金額を、契約期間の経過や契約終了のタイミングで無条件に差し引く(返さない)という取り決めです。敷金が原則として実際の損害の分だけを差し引いて返されるのに対し、償却された分は、実際に傷んだかどうかにかかわらず戻ってきません。
償却の割合やタイミング(契約時に一括で決まるのか、更新のたびに追加されるのか)は契約によって大きく異なります。保証金の額面だけを見て「これだけ戻ってくるはずだ」と考えるのではなく、償却条項があるかどうか、あるならどれくらいの割合なのかを契約書の該当する条文で確認しておくことが、閉店時に手元に残るお金を見積もる第一歩になります。
閉店時に「戻る額」をどう見積もるか
閉店時に戻ってくる金額は、おおまかに次の式で考えることができます。
回収可能額 = 預けた保証金 − 償却分 − 原状回復費用等の控除 − 未払賃料等の充当造作譲渡ができる場合は、別途、譲渡による回収分を上乗せできます
この式のうち、原状回復(借りていた物件を元の状態に戻すこと)にかかる費用の控除範囲は、契約時に確定させておきたい論点で、第20回で詳しく扱います。未払賃料等の充当というのは、賃料や共益費の滞納があれば、その分を敷金から差し引くという民法上の考え方に基づくものです。契約書を読むときは、保証金・敷金の返還条項、償却条項、原状回復条項、造作譲渡に関する条項の四か所を、関連づけて確認しておく必要があります。
- 契約書の「保証金」「敷金」の定義条項を確認する名称にかかわらず、償却があるかどうか、返還される時期、返還の方法(相殺か現金か)を条文ごとに確認しましょう。
- 償却条項の割合とタイミングを確認する契約締結時に一括で償却されるのか、更新のたびに追加で償却されるのかによって、長期の契約ほど戻ってくる金額が目減りする度合いが変わってきます。
- 造作譲渡に関する条項の有無を確認する退去するときに造作(内装や設備)を譲渡できる条項があるか、貸主の承諾が必要か、譲渡先を貸主が指定できる条項になっていないかを確認しておきましょう。
会計上も、保証金・敷金と造作譲渡料は扱いが異なります。保証金・敷金は原則として資産として計上し、償却が確定した部分だけを費用として扱う処理が一般的です。造作譲渡料で取得した設備は、資産として計上したうえで減価償却の対象になります。減価償却が損益やキャッシュフローに与える影響、そして契約期間と耐用年数のずれが撤退時の損失を生む仕組みについては、第13回で扱いました。開店するときの支出をどう会計処理するかまで見通しておくと、閉店時に手元に残るお金の見積もりがより正確になります。
造作譲渡でもらう側・払う側の視点差
造作譲渡料は、譲る側にとっては開店時に投資したお金の一部を回収する手段になり、譲り受ける側にとっては初期投資を抑える手段になります。ただし譲り受ける側は、設備が使われてきた年数や、どれだけ更新が必要かを見誤ると、結果的に新しく内装工事をするより高くついてしまうことがあります。残っている設備の値付けの考え方は、第22回で詳しく扱います。
店内の動線や什器の配置がそのまま引き継がれる居抜き物件では、造作の価値だけでなく、レイアウトが自分のお店の業態に合っているかもあわせて検討しておきたいところです。動線とレイアウトが客単価に与える影響については第08回で扱いました。譲り受ける造作が「使える形」になっているかどうかは、動線設計の観点からも確認しておきましょう。
個別の契約条項の解釈について
保証金・敷金・造作譲渡料の性格分けや控除の可否は、契約書の具体的な文言と個別の事情によって判断が分かれることがあります。契約締結前、あるいは退去にあたって疑問が生じた場合は、契約書一式を持参のうえ、弁護士等の専門家に確認することをおすすめします。
まとめ
- 保証金・敷金・造作譲渡料は名目が似ていても性格が異なり、返還の考え方もそれぞれ確認する必要があります。
- 敷金は民法第622条の2により、実損分を控除した残額の返還が原則とされます。
- 保証金償却は実損の有無にかかわらず控除される取り決めで、割合とタイミングを契約書で確認しておきましょう。
- 閉店時に戻ってくる金額は、償却・原状回復控除・未払賃料充当を差し引いた式で見積もることができます。
- 造作譲渡は初期投資を抑えられる一方、設備の経過年数によっては割高になることもあります。値付けの考え方は次々回で扱います。
次回は、退去時のトラブルの多くを占める原状回復の範囲について、契約時に確定させておくべき条項と実務手順をお伝えします。