商圏分析の基礎:一次・二次商圏とハフモデルの実務的な使い方

商圏という言葉は日常的に使われるわりに、定義があいまいなまま議論されることが多いものです。「半径二キロ」と言った瞬間に、その二キロの内側は均一で外側はゼロという乱暴な前提が入り込んでしまいます。実際の商圏は境界線ではなく、店からの距離と店の魅力度によってなだらかに減衰していく確率の分布です。この記事では距離帯による商圏区分と、確率で考えるハフモデルの基本を押さえたうえで、データが十分にない環境でも使える簡易な手順まで落とし込んでいきます。

この記事でわかること

  • 一次商圏・二次商圏・三次商圏という距離帯区分の意味と使い分け
  • ハフモデルが何を計算しているのか、式の各項が何を表すのか
  • 専用データや分析ツールがなくても商圏を推定する簡易手順
  • 商圏分析でよくある誤りと、推定結果を検証する方法

商圏は「線」ではなく「確率の分布」

商圏を語るとき、多くの人は地図の上に円を描きます。半径何メートル、あるいは徒歩何分。この作図自体は出発点として有効ですが、円の内側と外側で来店確率が断絶するわけではありません。距離が伸びるほど、来店確率は下がっていきます。下がり方の勾配は業種によって違います。この勾配こそが商圏の正体であり、円はその等高線を粗く近似したものにすぎません。

もう一つ重要なのは、商圏は自店だけで決まらないという点です。同じ距離に競合があれば、確率は分け合われます。競合がなければ、距離が遠くても来てもらえます。つまり商圏は、距離という要素と、選ばれやすさという要素の二つで決まるということです。この二つを扱う枠組みが、このあと説明するハフモデルです。

左に店舗を中心とした一次・二次・三次商圏の同心円図、右にハフモデルの式と、距離が同じでも魅力度が高い店に来店確率が寄る様子を示した図。
図1:距離帯で分けたうえで、魅力度で配分します。同心円は商圏を粗く区切るための道具であり、ハフモデルはその内側で確率をどう配分するかを扱います。距離抵抗の大きさ λ は業種によって異なるため、既存店の実績で確かめる必要があります。

距離帯で切る:一次・二次・三次商圏

実務では、商圏を三層に分けて考えることが多くあります。層ごとに施策も期待値も変わるからです。

商圏の三層区分(距離の刻みは業種と交通手段によって大きく変わります)
層性格主な役割
一次商圏到達コストが小さく、来店頻度が高い層売上の中核。日常的な利用を支える
二次商圏目的来店が中心で、競合と比較される層ピーク時の上積み。差別化が効く
三次商圏来店頻度が低く、偶発的な来店が中心売上寄与は限定的。過大評価しやすい

距離の刻み方に、決まった正解はありません。徒歩来店が中心の業態と、自動車来店が中心の業態では、同じ「一次商圏」でも物理的な広さが桁違いになります。だから距離ではなく到達時間で切るほうが、実態に合うことが多くなります。徒歩五分、自転車十分、車十五分といった等時間圏で描くと、川や線路や幹線道路といった物理的な障壁が自然に反映されます。

障壁を見落とさない

地図上で近くても、渡れる橋がなければ商圏には入りません。線路、大きな川、高低差のある坂、中央分離帯のある幹線道路、これらは商圏を分断します。円を描いたあとに、実際に歩いて(あるいは運転して)到達できるかを確認する作業は省略しないようにしましょう。

ハフモデル:魅力度と距離で確率を配分する

ハフモデルは、ある地点に住む人が特定の店を選ぶ確率を、次の考え方で求めます。

来店確率 =(自店の魅力度 ÷ 距離の λ 乗)÷ Σ(各店の魅力度 ÷ 距離の λ 乗)Σ は競合を含む選択肢すべての合計

式の意味は素直です。分子は自店の「行きたさ」、分母は選択肢全体の「行きたさ」の合計です。その比率が、選ばれる確率になります。魅力度が高いほど、距離が近いほど、確率は上がります。

実務で扱いにくいのは二つの項です。一つは魅力度。理論上は品揃えや価格や快適さの総合値ですが、直接は測れません。そこで売場面積、駐車台数、取扱品目数といった観測できる代理変数を使います。もう一つはλ(距離抵抗係数)。距離がどれだけ嫌われるかを表す指数で、業種によって変わります。日常的に何度も通う業態ほど距離に厳しく、λ は大きくなります。年に数回の目的来店なら距離への感度は鈍く、λ は小さくなります。

λ を勘で置くと、結果は簡単に変わってしまいます。だからこそ、既存店があるなら実績から逆算するのが最も確実です。会員データやポイントカードの住所情報から、地区ごとの実際の来店比率が分かります。その比率を再現するように λ を調整すれば、自社の業態に固有の距離感度が得られます。

データが揃わないときの簡易手順

専用の分析ツールも会員データもない、という前提でも、商圏推定は可能です。精度は落ちますが、判断材料としては十分に機能します。

  1. 候補地を中心に等時間圏を描く主要な来店手段(徒歩・自転車・自動車)を一つ決め、五分・十分・十五分の到達範囲を地図に描いてみます。障壁で分断される部分は削ります。
  2. 各圏内の人口・世帯数を拾う自治体が公開する町丁字別の人口統計や国勢調査の小地域集計から、圏内の人口と世帯数を積み上げます。昼間人口が重要な業態なら、経済センサス等で就業者数も見てみましょう。こうした公的統計をさらに組み合わせて出店判断に使う方法は第42回で扱います。
  3. 競合を地図に落とす同業だけでなく、需要を奪い合う代替業態も含めて位置と規模を記録します。売場面積が分からなければ、外観の間口と階数から概算します。
  4. 魅力度を三段階で相対評価する精緻な数値化は目指しません。自店を1としたとき、各競合を0.5・1・2程度のいずれかに割り振ります。売場規模と品揃えの幅を基準にします。
  5. 主要な地区ごとに確率を計算する圏内をいくつかの地区に分け、地区の中心から各店までの距離を測って式に当てはめます。λ は日常型なら大きめ、目的型なら小さめから始めて、感度を見てみましょう。
  6. 確率 × 人口 × 想定利用頻度 × 客単価で売上を試算する出てきた数字は、幅を持たせて扱います。λ と魅力度を変えたときにどこまで振れるかを確認し、下限でも成り立つかを判断しましょう。

出てきた数字の扱い

この手順で得られる売上は、点の予測ではなく範囲の目安です。前提を一つ変えるだけで、結果は大きく動きます。事業計画に載せるときは、単一の数字ではなく、悲観・標準・楽観の三本で示し、悲観ケースでも資金が回るかを先に確認しておいてください。

商圏分析でよくある四つの誤り

円の内側を均一に扱う

半径二キロの人口をそのまま母数に使うと、遠い地区の寄与を過大に見積もってしまいます。距離による減衰を、必ず入れるようにしましょう。

競合を同業だけに限る

需要は業種の境界を越えて奪い合われます。コンビニの弁当と定食屋、書店とオンライン購入のように、代替手段まで含めて選択肢を数えないと分母が小さくなり、自店の確率が過大になってしまいます。

昼と夜、平日と休日を混ぜる

オフィス街は昼間人口が大きく、夜間人口は小さくなります。住宅地はその逆です。商圏人口を一つの数字で語らず、想定する営業時間帯に存在する人を数えるようにしましょう。

推定を検証しない

最も重要なのはこれです。開店後に実績が出たら、地区別の来店実績と推定確率を突き合わせてみましょう。ずれが大きい地区があれば、障壁を見落としていたか、魅力度の置き方が間違っていたか、そのどちらかです。商圏モデルは一度作って終わりではなく、店舗が増えるほど精度が上がる資産だと考えておきたいところです。

まとめ

  1. 商圏は境界線ではなく、距離とともになだらかに下がる来店確率の分布です。
  2. 距離帯(一次・二次・三次)は施策を分けるための粗い区分であり、到達時間で切るほうが実態に近くなります。
  3. ハフモデルは、魅力度を距離で割った値の比率として来店確率を配分する枠組みです。
  4. 魅力度と距離抵抗係数は勘で置かず、既存店の実績から逆算するか、幅を持たせて感度を確認します。
  5. 推定結果は単一の数字ではなく範囲で扱い、開店後の実績で必ず検証して更新します。

次回は、商圏の母数のうち「実際に店の前を通る人」に焦点を移します。通行量が多いのに売れない店がなぜ生まれるのか、通行量から売上までのファネルを分解して考えます。

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