アンカーテナントが売っているのは「来街の理由」
アンカーテナント(核テナント)とは、商業施設や商業地の中で、単独で広い範囲からお客さんを集められる大型店のことです。総合スーパー、百貨店、大型の家電量販店、シネマコンプレックス、大型書店などが代表的で、駅そのものがアンカーの役割を果たしていることもあります。
アンカーが周辺に与えているのは、売上そのものではなく来街の理由です。「あそこに行こう」という目的が生まれ、その目的のために人が移動します。周辺の小さな店は、その移動の途中や前後の時間に立ち寄ってもらえるわけです。第1回で分解した売上の考え方でいえば、アンカーは商圏の母数(周りにいる人の数)を広げているのであって、入店率や購買率を直接上げているわけではありません。
これは経済学で「正の外部性」と呼ばれる現象の典型例です。アンカー自身は周辺のお店の売上を意図して作っているわけではありませんが、結果として周りに恩恵を与えています。だからこそ、商業施設を運営する側はアンカーの賃料を優遇し、その分、周辺の小さな区画からは相対的に高い賃料を得る、という構造が成り立っています。周辺テナントの賃料には、アンカーが生む集客の対価が含まれていると考えるとわかりやすいでしょう。
引力が届く範囲、届かない範囲
大事なのは、アンカーの近くにいれば恩恵を受けられるとは限らないという点です。恩恵があるかどうかを分けるのは、距離よりも人の流れ(動線)の上にあるかどうかです。
アンカーへ向かう人や、そこから帰る人が、どの経路を通るか。その経路の上にあれば、多少距離があってもお客さんの流れが生まれます。逆に経路から一本外れると、隣り合っていても素通りされてしまいます。商業施設の中でも同じことが起きていて、エスカレーターや主通路から外れた区画は、同じフロアでも通行量が大きく変わってきます。
現地で確かめること
候補の区画の前に立って、アンカーの出入口から実際に人がどう流れていくかを、時間帯を変えて観察してみてください。図面上の「アンカーから何メートル」という数字ではなく、実際に人が歩いている線の上にあるかどうかを、自分の目で確かめることが大切です。施設の中であれば、エスカレーター、エレベーター、トイレ、休憩スペースの位置も、人の流れを決める要素になります。
もうひとつの分かれ目は、お客さんの層と、来ている目的が重なっているかどうかです。食料品スーパーの帰りに立ち寄ってもらえるのは、日用品や軽い飲食のように、買い物の続きになる業態です。同じ距離にあっても、その客層の来街目的とかけ離れた業態であれば、通行量が増えても入店にはつながりません。アンカーがどれだけ人を集めているかではなく、その人たちが自分の店の商品を必要としている状態にあるかどうかを見ておく必要があります。
アンカー退店という立地リスク
アンカーに頼った立地の最大の弱点は、自分が何も間違えていなくても売上が失われてしまう可能性があることです。しかもアンカーが退店するかどうかの判断は、自分でコントロールできるものではありません。
退店の兆候は、いくつかの形で表れることがあります。
- 売場面積の段階的な縮小、フロアの一部閉鎖、区画の貸し出し
- 従業員数の削減や営業時間の短縮
- 設備更新の停止(老朽化した内装や照明が長期間そのまま)
- 運営会社の業績悪化や事業再編に関する公表
- 施設側でのリニューアル計画やテナント募集の動き
ただし、これらはあくまで観察できる兆候であって、確実な予測ではありません。より現実的な備え方は、兆候が出るのを待つのではなく、自分の店がどれくらいアンカーに依存しているかを、あらかじめ把握しておくことです。
依存度を数字にする
自分の店の売上のうち、どれだけがアンカー経由の来店で成り立っているのか。すでに営業している店であれば、次のような方法で大まかに把握できます。
- 時間帯別の売上構成を見るアンカーの営業時間帯と、その前後で自分の店の売上がどう動くかを比較してみましょう。アンカーに休業日があれば、その日の売上との差が、依存度を知る直接的な手がかりになります。
- 来店経路を聞くアンケートやレジでの簡単な聞き取りで、来店前に立ち寄った場所を記録してみてください。数十件程度でも、傾向は見えてきます。
- 依存度から下振れ幅を試算するアンカー経由の来店が半分になった場合、三分の一になった場合の売上を計算し、その水準で固定費をまかなえるかを確認しておきましょう。
契約段階で備える
アンカーに依存するリスクは、契約条件によってある程度は軽くできます。交渉が通るかどうかは物件の需給次第ですが、確認と交渉を試みてみる価値はあります。
| 項目 | 確認・交渉の内容 |
|---|---|
| アンカーの契約状況 | 核テナントの賃貸借期間や更新時期について、施設側に確認できる範囲で尋ねる |
| 中途解約条項 | 核テナント退店を理由とする中途解約や、違約金の減免を協議できる条項を入れられるか |
| 賃料改定条項 | 施設全体の集客が一定以上低下した場合に、賃料の見直しを協議できる定めを置けるか |
| 歩合賃料の割合 | 固定賃料を下げ、売上連動部分を厚くすることで下振れ耐性を上げられないか |
| 解約予告期間 | 予告期間が長いほど撤退の意思決定から実際の退去までの負担が大きくなる |
| 後継テナントの扱い | 核区画が空いた場合の後継誘致について、施設側の方針を確認する |
交渉できる余地は需給で決まる
これらの条件が実際に受け入れられるかどうかは、その区画がどれだけ埋まりやすいかによります。空室が多い施設ほど交渉の余地は大きく、人気のある施設では難しくなります。条件が入らない場合は、その分のリスクを自分で抱えることになると理解したうえで、賃料負担率を保守的に設定しておくという対応になります。契約条項の具体的な読み方は、契約と法務を扱うC編(第17回〜第24回)でお伝えします。
アンカーに頼らない設計
最後に、依存度そのものを下げる方向の工夫にも触れておきます。アンカー経由の来店に加えて、自分の店を目的にして来てくれるお客さんをどれだけ作れるか、という視点です。指名で来る客、予約で来る客、リピートしてくれる客の比率が高ければ、アンカーがなくなっても売上の芯は残ります。
立地の恩恵は、受け取っている間は見えにくいものです。その恩恵がなくなったときに何が残るのかを、契約する前に一度だけでも考えておく価値はあります。
まとめ
- アンカーテナントが周辺に供給しているのは売上ではなく「来街の理由」であり、商圏の母数を広げています。
- 周辺区画の賃料には、その集客の対価が織り込まれていると考えておきましょう。
- 恩恵を受けられるかどうかは距離ではなく、アンカーの出入口から伸びる実際の動線上にあるかどうかで決まります。
- アンカーの退店は自分に責任のない売上減少の要因であり、依存度を数字で把握しておくことが備えになります。
- 中途解約、賃料改定協議、歩合賃料といった契約条項で一定の軽減は図れますが、交渉の余地は需給で決まります。
次回はA編の締めくくりとして、視点を建物の内側へ移します。入口の位置とレイアウトが、滞在時間と接触する商品の数を通じて、客単価をどう変えるのかを見ていきます。