DCF法は「事業計画」を不動産に当てはめたもの
事業計画を作るとき、来期の売上だけでなく数年先までの見通しを立て、投資回収を判断する。DCF法はこれと同じ発想を不動産に当てはめたものだ。数年間の年間キャッシュフローを予測し、それぞれを現在価値に割り引いて合計し、さらに保有期間終了時に売却した場合の価格(復帰価格)も現在価値に割り引いて足し合わせる。
不動産価格(DCF) = Σ(各年のCFの現在価値)+ 復帰価格の現在価値「Σ」は各年の合計を意味する
三つの前提が結論を左右する
1. 各年のキャッシュフロー
賃料改定、退去による空室、大規模修繕の実施時期など、単年度のNOIでは見えない変動を年ごとに織り込める点がDCF法の強みである。ただし、これは同時に弱点でもある。将来の賃料や空室率をどう仮定するかで結論が大きく変わる。駅前・郊外・ロードサイドといった立地タイプ(第05回)によって固定費の重心が異なるように、キャッシュフローの変動要因も立地タイプごとに違う点を踏まえて仮定を置く必要がある。
2. 割引率
将来のお金を現在価値に直すための率で、キャップレート同様、資金調達コストやリスクプレミアムの影響を受ける。割引率が高いほど、遠い将来のキャッシュフローの現在価値は小さくなる。
3. 復帰価格(保有期間終了時の売却価格)
保有期間の最終年に「その時点のNOIを、その時点で想定されるキャップレートで割り戻す」という形で見積もることが多い。保有期間が短いほど、復帰価格が全体の価値に占める比重は大きくなる。
直接還元法との使い分け
単年度のNOIが安定していて将来の変動要因が少ない物件は直接還元法で十分なことが多い。テナント入替えや修繕、契約満了が予定されている物件は、DCF法のほうが実態に近い評価になりやすい。両者を併用し、結論に大きな開きがないかを確認する使い方も一般的とされる。
保有期間の長さも結論に影響する。保有期間を長く取るほど年間キャッシュフローの積み上げが評価額に占める比重が増え、復帰価格への依存度は相対的に下がる。逆に短期の保有を前提にすると、出口の価格設定がほぼそのまま結論を決めてしまう。どちらの前提を置くかは、自社が実際にその物件をどのくらいの期間使い続ける計画かという経営判断と切り離せない。
架空の計算例:前提を変えると評価額はどう動くか
次の数字は計算過程を示すための架空の計算例であり、実在の物件・相場とは無関係である。5年間のキャッシュフローと復帰価格を、二つの割引率の仮定で比較する。
| 前提 | 割引率5%の場合 | 割引率7%の場合 |
|---|---|---|
| 年間CF合計の現在価値(5年分) | 約2,600万円 | 約2,460万円 |
| 復帰価格の現在価値 | 約7,840万円 | 約7,130万円 |
| 評価額の合計 | 約1億440万円 | 約9,590万円 |
同じキャッシュフローの見通しでも、割引率の仮定を5%から7%に変えただけで評価額は1億440万円から9,590万円へ、1割近く下がった。とくに復帰価格の現在価値が評価額全体の大部分を占める点に注目してほしい。DCF法は精緻に見えるが、結論の大部分は「保有期間終了時にいくらで売れるか」という一つの仮定に依存している。
前提が生む結論の幅を必ず示す
割引率や復帰価格時のキャップレートといった前提は、いずれも将来の金利・市場環境の見通しに依存し、断定できるものではない。DCF法による評価額を単一の数字として提示・利用するのではなく、複数の前提でレンジを示し、どの前提を置いたかを明記する。最終判断の前には専門家(不動産鑑定士、ファイナンシャルアドバイザー等)の確認を得ることが望ましい。
事業計画の検証と同じ姿勢で前提を疑う
- 賃料の伸び率を保守的に置く事業計画で売上を過大に見積もらないのと同じで、賃料の値上げを楽観的に織り込みすぎない。空室期間も現実的な水準で見積もる。
- 修繕・更新費用を年表に落とす外壁、屋上防水、設備更新など、大きな支出が発生しうる年を事前に洗い出し、その年のキャッシュフローから差し引く。
- 復帰価格の前提を単独で検証する保有期間終了時点のキャップレートが今と同じとは限らない。前提が変わったときの評価額の変化幅を必ず併記する。
- 複数シナリオで幅を持たせる楽観・標準・保守の三通りで評価額を出し、単一の数字で判断しない。
DCFの前提を検証するときに確認すること
既存契約の残存期間と更新条件(C編「契約・法務」で扱う論点)、直近の賃料改定履歴、修繕履歴と今後の修繕計画、周辺エリアの供給計画。これらは第38回で扱うCRE戦略の棚卸し作業とも重なる。
まとめ
- DCF法は複数年のキャッシュフローと復帰価格を現在価値に割り引いて合計する評価方法である。
- 結論を左右する主要な前提は、年間キャッシュフローの見通し、割引率、復帰価格の三つである。
- 復帰価格の現在価値が評価額全体に占める比重は大きく、単一の仮定への依存度が高い。
- 割引率や復帰価格の前提は断定できないため、評価額は単一の数字ではなく複数シナリオのレンジで示す。
- DCFの前提検証は、事業計画の前提を疑う作業と同じ姿勢で行うとよい。
次回は、借入を使うことで自己資金の利回りを高めるレバレッジの仕組みと、その前提が崩れてイールドギャップが消える局面を扱う。