収益還元法:価格はNOIをキャップレートで割ったもの
不動産の収益価格を求める代表的な方法の一つが、直接還元法である。式は単純だ。
価格 = NOI ÷ キャップレート(還元利回り)前回整理したNOIを、市場が求める利回りで割り戻す
この式が示すのは、分子(NOI)が同じでも、分母(キャップレート)が変われば価格はまったく違う数字になるという事実である。キャップレートは「投資家がこの種の物件に対して最低限求める利回り」を表す市場の物差しであり、個々の物件の収益力とは別に、市場全体の資金環境や期待によって上下する。
キャップレートは逆相関で価格を動かす
キャップレートが下がれば、同じNOIでも価格は上がる。キャップレートが上がれば、同じNOIでも価格は下がる。この逆相関は、割引率が下がるほど将来収益の現在価値が大きくなるという、次回扱うDCF法とも共通する考え方である。良い立地が生む超過的な収益は、突き詰めれば低いキャップレート(=投資家が安心して求める利回りの低さ)として市場に織り込まれていく。第01回で触れた「立地の良さは賃料に織り込まれている」という論点は、価格の側から見ればキャップレートの物語でもある。
では何がキャップレートを動かすのか。一般に、次のような要因が挙げられる。
- 資金調達コスト(借入金利の水準)
- 投資家がその資産クラス・立地・テナントに求めるリスクプレミアム
- 代替投資(国債、株式など)との利回り比較
- 市場参加者の需給(買いたい投資家の数と、売りに出る物件の数)
金利・キャップレートの水準は断定しない
本稿では、金利がどの方向にどれだけ動くかを予測せず、金利やキャップレートが変化したときに評価額がどう動くかという「感応度」の考え方に絞って説明する。実際の金利水準やキャップレートの相場は時期・地域・用途によって大きく異なり、常に変動する。判断の前には必ず最新の一次情報(不動産投資インデックス、鑑定評価事例など)と専門家の確認を得てほしい。
架空の計算例:キャップレートが1ポイント動くと
次の数字は、計算の仕組みを説明するための架空の計算例である。実在の相場を示すものではない。
| キャップレートの仮定 | NOI(仮の設定値) | 評価額(NOI ÷ キャップレート) |
|---|---|---|
| 4.0% | 600万円 | 1億5,000万円 |
| 5.0% | 600万円 | 1億2,000万円 |
| 6.0% | 600万円 | 1億円 |
NOIをまったく変えずに、キャップレートの仮定を4.0%から6.0%へ2ポイント動かしただけで、評価額は1億5,000万円から1億円へ、3分の1ほど下がる計算になる。運営努力でNOIを何年もかけて積み上げるよりも、キャップレートの変化のほうが評価額へのインパクトが大きいことは珍しくない。これは自社物件を「経営努力の外側にある要因」で評価が動くリスクとして認識しておく価値がある。
保有・売却の判断にどう効くか
- 自社物件のNOIを概算する第34回の手順でNOIを試算し、複数のキャップレートの仮定で評価額のレンジを出す。単一の数字ではなく幅で捉える。
- キャップレートが下がった局面では売却・借換えの選択肢を検討する評価額が上がっているタイミングは、セール・アンド・リースバック(第11回)や借換えによる資金調達の好機になりうる。ただし税務・契約上の制約は個別に確認が必要である。
- キャップレートが上がった局面では担保余力の変化を点検する評価額が下がると、追加借入の余地や既存借入の担保維持率に影響しうる。銀行との関係は第40回で扱う。
キャップレートと表面利回りは別物
キャップレートはNOIを分子にした還元利回りであり、広告に載る表面利回り(第34回参照)とは分子の作り方が異なる。同じ「利回り」という言葉でも、どちらの利回りかを常に確認する習慣が必要である。
自社物件を評価する前に確認すること
自社ビルや自社所有の店舗物件についても、同じ考え方が使える。自社ビル経営の含み益や担保余力(B編「借りるか買うか(財務判断)」で詳しく扱っている論点)は、まさにこのキャップレートの変化によって膨らんだり縮んだりするものである。含み益を固定的な資産価値だと捉えるのではなく、市場のキャップレート次第で変動する評価だと理解しておくと、資産の使い道を考えるときの前提が一段しっかりする。
評価額のレンジを作るときに確認すること
直近の類似取引事例、鑑定評価書の還元利回り、金融機関が示す担保評価の考え方。いずれも一次情報として確認し、単一の仮定に頼らずレンジで評価額を把握する。
まとめ
- 収益価格はNOIをキャップレートで割って求められ、分母の変化が価格を逆方向に動かす。
- キャップレートは個々の物件の収益力とは別に、金利水準や市場の期待利回りで変動する。
- キャップレートがわずかに動くだけで、評価額は運営努力の効果を上回る幅で変わりうる。
- 金利・キャップレートの絶対水準は断定できない。評価は単一の数字ではなくレンジで捉える。
- 自社物件の含み益や担保余力も、キャップレートの変化によって膨らんだり縮んだりする流動的な数字である。
次回は、単年度のNOIとキャップレートによる評価だけでなく、複数年のキャッシュフローを見通すDCF法を扱う。事業計画と不動産評価を同じ言語で語るための考え方を整理する。