CRE戦略:保有不動産を経営資源として棚卸しする手順

第34〜37回で利回り・キャップレート・DCF・レバレッジという評価の道具をそろえた。ここからはE編の後半として、それらの道具を自社に当てる番になる。CRE(Corporate Real Estate、企業不動産)戦略とは、保有不動産を単なる「使っている場所」ではなく経営資源として棚卸しし、稼働・収益・代替可能性の観点から活用方針を決める活動である。本稿ではその実行手順をチェックリストの形で示す。

この記事でわかること

  • CRE戦略が経営にとってなぜ必要になるのか
  • 保有不動産を棚卸しする六つの観点
  • 棚卸し結果から処分・活用の判定に落とし込む考え方
  • 棚卸しに必要な情報をどこから集めるか

なぜ「使っている場所」を棚卸しする必要があるのか

本社、店舗、倉庫、社宅、遊休地。事業を続けているうちに、企業はいくつもの不動産を抱え込む。多くの場合、それぞれの物件は取得当時の必要性で個別に判断されており、全社的な収益貢献や代替可能性という横串の視点で見直される機会はほとんどない。CRE戦略は、この横串を通す作業である。

棚卸しをしないまま放置すると、稼働率の低い物件の固定資産税や維持費が利益を静かに削り続けたり、逆に手放すべきでない好立地の物件を安易に処分してしまったりする。自社ビル経営の含み益や担保余力の議論(B編「借りるか買うか(財務判断)」参照)も、まずは自社の不動産を正確に棚卸しできていることが前提になる。

棚卸しの六つの観点

棚卸しは、次の六つの観点で一覧化していく。

  1. 一覧化所在地、面積、取得年、用途、名義(自社・関連会社・個人)を台帳にまとめる。散在する登記簿謄本や契約書を一箇所に集約するだけでも効果が大きい。
  2. 稼働状況その物件が実際にどの程度使われているか。稼働率、在籍人数、保管効率などを事業部門にヒアリングして確認する。「昔からある」という理由だけで使い続けている物件がないかを見る。
  3. 簿価と時価帳簿上の価額と、第35回・第36回で扱った収益還元法・DCF法による概算の時価を並べる。含み益・含み損の大きさを把握する。
  4. 収益貢献その物件が生む売上・利益への貢献度、または賃貸に出した場合に得られるであろう収入を試算する。自社利用の「見えないコスト」を、賃貸に出した場合の機会損失として捉え直す。
  5. 代替可能性その物件でなければならない理由があるか。近隣の賃貸物件や他拠点への統合で代替できるなら、保有し続ける必然性は弱まる。角地や視認性の良さ(第04回で扱った階層別の集客差の議論)のように、代替が効きにくい価値を持つ物件かどうかも判断材料になる。
  6. 処分・活用の判定上記を踏まえ、保有継続、売却、賃貸転用、セール・アンド・リースバック(第11回)、建て替えなどの選択肢を比較し、方針を決める。
棚卸しチェックリスト(一般的な項目例。自社の状況に応じて増減させる)
観点確認する情報主な情報源
一覧化所在地・面積・名義・取得年登記簿謄本、固定資産台帳
稼働状況利用実態、稼働率、空きスペースの有無事業部門ヒアリング、現地調査
簿価と時価帳簿価額、概算時価固定資産台帳、収益還元法・DCF法による試算
収益貢献直接収益、賃貸時の想定収入部門別損益、近隣賃料事例
代替可能性移転・統合の可否と条件賃貸市場の空き物件情報
処分・活用の判定保有・売却・転用・建替の比較上記すべての統合評価

判定を数字で支える:架空の比較例

次の数字は判定の考え方を示すための架空の計算例であり、実在の物件とは無関係である。ある地方拠点の遊休倉庫について、保有継続と売却を比較する。

架空の計算例:保有継続と売却の比較(数字はすべて仮の設定値)
選択肢年間の資金影響(仮の試算)
保有継続(稼働率が低いまま)固定資産税・維持費で年間120万円の支出超過
売却(概算時価で売却した場合)売却益(仮)+維持費の支出停止
賃貸転用(近隣賃料水準を仮定)年間賃料収入(仮)から維持費を差し引いた純額がプラスに転じる可能性

数字を並べると、「なんとなく残している」という状態がどれだけの機会損失を生んでいるかが見える。ここで重要なのは、正確な絶対値ではなく選択肢を並べて比較する構造である。

本社機能や中核店舗は数字だけで判定しない

採算だけで見れば売却が有利に見えても、本社機能や中核店舗は事業継続性、従業員の通勤、取引先との関係など、数字に表れにくい要素が大きい。棚卸しは判断材料を揃える作業であり、機械的に処分を推奨するものではない。

棚卸しの進め方:全社を巻き込む

棚卸しを始める前に確認すること

台帳の管理部署(総務・経理・法務)がばらばらな場合は、まず窓口を一本化する。事業部門の協力なしに稼働状況は把握できないため、経営トップからの号令として位置づけることが望ましい。

棚卸しは一度やって終わりの作業ではない。事業の縮小・拡大、M&A、事業承継のタイミングで保有不動産の位置づけは変わる。第50回で扱う事業承継・M&Aの局面でも、事前に棚卸しが済んでいるかどうかで検討のスピードが大きく変わる。年に一度など頻度を決めて更新する仕組みにしておくと、経営会議の議題としても扱いやすくなる。

棚卸しの結果は、経理部門だけでなく事業部門・経営層と共有してこそ意味を持つ。稼働率の低い物件を事業部門が把握していないまま放置されているケースは珍しくなく、共有すること自体が最初の改善行動になることもある。

まとめ

  1. CRE戦略は、保有不動産を経営資源として横串で棚卸しし、活用方針を決める活動である。
  2. 棚卸しは一覧化、稼働状況、簿価と時価、収益貢献、代替可能性、処分・活用の判定という六つの観点で進める。
  3. 保有継続と売却・転用を数字で並べることで、機会損失が見える化される。
  4. 本社機能など数字に表れにくい要素を持つ物件は、機械的な判定を避ける。
  5. 棚卸しは一度で終わらず、事業の節目ごとに更新する情報基盤として維持する。

次回は、この棚卸しの精度を上げるために、REITや私募ファンドが物件を評価するときの視点を借りて自社物件を点検する方法を扱う。

本サイトの内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務・投資に関する助言ではありません。制度や相場は変動するため、実際の判断では最新の一次情報と専門家の確認を得てください。

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