建築費・工期を「今の水準」として断定しない
建築コストは資材価格、労務費、需給の逼迫度によって変動し、工期は労働力の確保状況や許認可手続きの混雑度によって変動する。いずれも一次情報を継続的に確認しなければ正確な水準は分からず、本稿のような媒体で特定時点の坪単価や工期日数を断定的に示すことは避けるべきだと考える。数字そのものより重要なのは、その数字が動いたときに自社の判断がどう変わるかという感応度を、あらかじめ把握しておくことだ。
感応度という発想は、第36回で扱ったDCF法における割引率や復帰価格の前提と同じ考え方である。前提が一つ動くだけで結論が変わりうる変数を先に特定しておけば、実際の数字が発表されたときに慌てず判断できる。
新築と改修が入れ替わる感応度:どの変数が効くか
新築と改修(既存建物のリノベーション)のどちらを選ぶかは、単純化すると次の式で捉えられる。
選択 = f(初期投資差、稼働開始までの期間差、想定使用年数、事業計画上の割引率)新築が改修より優位になるのは、長期の使用年数と将来キャッシュフローの価値が、初期投資差と工期差を上回るときである
初期投資は一般に新築の方が改修より大きくなりやすい。一方で、新築は間取りや設備仕様を事業に最適化できるため、開業後の運営効率や第13回で扱った減価償却の設計に有利に働く場合がある。改修は初期投資と工期を圧縮できる代わりに、既存躯体の制約(天井高、耐震性能、設備配管の位置など)を引き継ぐ。第29回で扱った物流施設の天井高・床荷重のように、業種によっては既存建物の物理的制約がそのまま事業の天井になることもある。
| 変数 | 新築が有利になりやすい方向 | 改修が有利になりやすい方向 |
|---|---|---|
| 想定使用年数 | 長期(10年以上の継続利用を想定) | 短中期(事業モデルの変化が速い) |
| 既存建物の制約 | 制約が事業要件と大きくずれる | 制約が事業要件とおおむね合う |
| 資金調達力・工期の許容度 | 初期投資と長い工期を許容できる | 早期開業・資金温存を優先したい |
工期が延びること自体のコスト
建築費の水準以上に見落とされやすいのが、工期が延びること自体が生むコストである。工期が延びれば、その分だけ開業が遅れ、想定していた売上開始時期がずれる。同時に、着工から開業までの間の借入金利や賃料(先行して契約している場合)が積み上がる。第15回で扱った撤退基準・減損の考え方と同じく、計画段階で「工期が想定より延びた場合にいつまで耐えられるか」という許容範囲を数値で持っておくべきだ。
工期リスクを事業計画に織り込む
工期を単一の日数で見積もらず、順調な場合・標準的な場合・遅延した場合の三通りで開業時期を試算しておく。遅延ケースでも資金繰りが破綻しないかを、契約前に確認しておきたい。
資金調達の条件も判断を動かす変数になる
建築費と工期のほかに見落とされやすいのが、資金調達の条件そのものが新築と改修の選択を動かすという点だ。借入で初期投資をまかなう場合、金利水準や融資期間の設定によって、月々の返済負担は大きく変わる。第37回で扱ったレバレッジとイールドギャップの考え方と同じく、借入条件が想定より厳しくなると、初期投資の大きい新築の相対的な不利が広がりやすい。逆に長期・低負担での調達余地があるなら、改修に比べた新築の初期投資差は相対的に吸収しやすくなる。
また、施工会社との契約形態も工期・費用の変動リスクをどちらが負うかに直結する。総額を固定する契約と、実費精算に近い契約とでは、資材価格や労務費が変動した場合の負担の所在が異なる。契約前にどちらの形態か、変動が生じた場合の増減額の上限があるかを確認しておくことも、感応度を管理する実務の一部といえる。
感応度を自社の計画に落とし込む手順
- 想定使用年数を先に決める何年その物件で事業を続けるつもりかによって、新築が有利になる期間か改修で十分かが変わる。
- 既存建物の制約を事業要件と突き合わせる天井高、耐震性能、設備配管、用途変更の可否を、改修候補物件ごとに一覧化する。
- 見積を複数社から取り、変動要因を確認する概算だけでなく、資材価格や工期が変動した場合の増減要因を業者に確認しておく。
- 三通りの工期シナリオで資金繰りを試算する標準・遅延の両方で、開業までの支出と資金余力を確認する。
数値の扱いについて
建築費の坪単価や標準的な工期日数は、時期・地域・工法によって大きく変動し、本稿で断定的な数字を示すことはできない。実際の判断では、複数の施工会社から直近の見積を取得し、業界団体や公的機関が公表する最新の統計・調査を確認したうえで、自社の事業計画に反映してほしい。
まとめ
- 建築費・工期の水準は変動が大きく、特定時点の数字を断定的に判断根拠にすべきではない。
- 新築と改修の選択は、想定使用年数・既存建物の制約・資金調達力の三変数で反転する。
- 工期が延びること自体が、開業遅延による機会損失と資金繰り負担を生む。
- 工期は単一の日数ではなく、標準・遅延を含む複数シナリオで試算しておく。
- 最新の建築費水準は複数の施工会社の見積と公的統計で都度確認する。
次回は、再開発や土地区画整理の対象区域になったときに、事業者としてどう対応すればよいかを扱う。