立退きを求められる典型的な場面
貸主から「更新しません」「途中で契約を解約してほしい」と言われる場面は、建物が古くなったことによる建て替え、貸主自身がその物件を使う必要が生じた場合、再開発や売却に伴う契約整理など、いくつかのパターンに分かれます。第17回でご紹介したとおり、普通借家契約を結んでいる場合、貸主が更新を拒むには借地借家法第28条が定める「正当の事由」が必要とされており、立退料の申し出はこの正当事由を補う要素として位置づけられています。
まず確認しておきたいのは、自分が結んでいる契約が普通借家契約か、定期借家契約かという点です。定期借家契約には「更新」という考え方自体がないため、期間が満了して退去する場合は、正当事由の議論の対象になりません。第18回で整理した契約形態の違いが、この場面でも交渉の前提をそのまま左右します。
立退料が決まる要因の分解
立退料には、国や自治体が定めた計算式や統一された相場があるわけではありません。個別の交渉や、争いになった場合の裁判所の判断が積み重なって、実務上のやり方ができあがってきました。金額を相場として言い切ることはできませんが、一般に考慮されるとされる要因を分解すると、次のように整理できます。
| 要因 | 影響の方向性 |
|---|---|
| 契約の残存期間 | 残りの契約期間が長いほど、失う利益が大きいと評価されやすい |
| 営業実績・収益力 | その場所での営業が長く、収益が安定しているほど移転による損失が大きいと評価されやすい |
| 代替物件の有無 | 同等条件の移転先を見つけやすいかどうかで、移転コストの評価が変わる |
| 造作・設備の状況 | 移設できない設備や、退去に伴い失う造作の価値が上乗せの対象になりうる |
これらは別々に働く要因ではなく、組み合わさって交渉の出発点をつくります。同じ業種であっても、残りの契約期間が短く移転先の候補が豊富な状況と、長期契約で移転先が乏しい状況とでは、交渉で力を入れるべき点がまったく変わってきます。
立退料の中身を項目に分けると、休業する期間に得られたはずの利益に対する「営業補償」、引っ越し作業や内装工事にかかる「移転費用」、そして店に残る内装や設備のうち、まだ費用として使い切っていない価値(未償却の造作・設備)に相当する部分、という三つに大別して考える整理がしばしば使われます。これらはいずれも見積書や決算書といった客観的な資料をもとに算定するもので、感覚的な希望額を先に伝えるよりも、根拠となる資料をそろえてから交渉に臨む方が話に説得力を持たせやすいとされています。
交渉を進める順序
- 通知内容と契約形態を確認する更新を拒絶する通知なのか、期間内に解約したいという申し入れなのか。契約は普通借家か定期借家か。まず自分が置かれている法的な立場をはっきりさせましょう。
- 自社の損失を構成要素ごとに洗い出す移転にかかる費用、休業する期間に得られたはずの利益、まだ使い切っていない内装・設備の価値、従業員の雇用への影響などを項目ごとに整理し、金額の根拠を示せる状態にしておきましょう。
- 代替物件の選択肢を並行して探す移転先の候補があるかどうかは、交渉で優位に立てるかどうかだけでなく、実際の損失額を計算するうえでも影響してきます。
- 専門家を交えて交渉方針を固める損失の算定根拠がある程度整理できた段階で、弁護士などの専門家に相談し、交渉または法的手続きの方針を固めましょう。
交渉に備えて準備しておきたい資料としては、賃貸借契約書一式、直近数期分の決算書や試算表、内装・設備投資の記録(設備を引き継いだ際の代金や工事費の領収書)、そして退去に伴う従業員への影響を整理したメモが挙げられます。これらは営業補償や移転費用を計算する根拠になるだけでなく、専門家に相談するときの動き出しを早める材料にもなります。
専門家に相談すべき段階
立退きの打診には、口頭で相談されるだけの段階から、書面による正式な通知まで段階があります。書面で更新拒絶通知や解約申入れを受け取った時点では、返答の期限や法的な効力がすでに発生している可能性があるため、早い段階で専門家に相談しておくことが望ましいとされています。感情的な対応や、根拠のない金額の要求は、かえって交渉を長引かせる原因になりかねません。
立地そのものの価値が交渉の背景にあることも少なくありません。良い立地ほど、貸主にとって次にどう活用するかの価値も高くなり、立退料の交渉余地も変わってきます。立地の価値と賃料の関係については第01回で扱った視点が、交渉における自分の立ち位置を理解する助けになります。
相場の断定はできないことについて
立退料の金額は、それぞれの事情によって大きく変わるため、一般的な相場としてお伝えすることはできません。この記事で示した要因の分解は、交渉に備えて頭を整理するためのものです。個別のケースでの金額水準や交渉方針については、契約書の内容と事情の詳細を踏まえて、弁護士などの専門家に確認してください。
まとめ
- 立退きの場面では、まず自分の契約が普通借家か定期借家かを確認することが出発点になります。
- 立退料に統一された相場はなく、残りの契約期間・営業実績・移転先の候補の有無・設備状況の組み合わせで交渉の出発点がつくられます。
- 交渉は、通知内容の確認、損失の洗い出し、移転先の候補探し、専門家への相談という順序で進めるのが現実的です。
- 書面による正式な通知を受け取った時点では、早めに専門家へ相談することが望ましいといえます。
- 立地そのものの価値が交渉の背景にあることを理解しておくと、自分の立ち位置を客観的に把握しやすくなります。
次回は、用途地域や建築基準法、消防法、保健所の許可といった規制が絡み合い、やりたい商売ができない土地が生まれる仕組みと、契約前に確認しておきたい手順を整理します。